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アーチ石橋をつくる動き

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アーチ石橋をつくる動き  建築ジャーナル誌2007.6
片寄俊秀 大阪人間科学大学教授

アーチ石橋のもつ不思議な魅力にとりつかれてはや35年になる。1970年代の初め、大阪でのニュータウン開発の技術者から転じて長崎造船大学(現長崎総合科学大学)の建築学科の教員として赴任してまもなく、長崎のまちの真ん中を流れる中島川というちっぽけな川にずらりと架かる江戸期のアーチ石橋群に出会った。
学生のなかに石橋大好きの不思議な連中がいて、実測の指導を頼まれた機会に現地につき合った。当時の中島川は、家庭雑排水が流れ込み、泡がぶくぶくと立つ典型的な「どぶ川」で、堰にはプラスチックス類のゴミと洗剤の泡が渦を巻き、夏場には耐え難いほどの悪臭を放っていた。それゆえ、蓋をして近隣の商店街のための駐車場にし、上に「東京や大阪に負けないような」‘立派な’高架道路をつくれば交通問題も一気に解決する、といった議論が市議会でも真面目に展開されていた。人々の多くは、この川を見捨てていたのである。
この中島川には江戸期に建造されたアーチ式の石橋がずらりと並んで、川面にその優美な姿を映していた。二連のアーチの眼鏡橋をはじめ、その上下流には10数橋のワンスパンのアーチ橋があった。その存在を誰もが知りながら、それが価値あるものとはほとんど意識していなかったところに、建築を学んでいた学生たちが切り込んだのだ。
彼らが命名した「中島川石橋群」という表現は、その後彼らの測量成果に基づいて長崎市が指定文化財にする際に用いられ、やがて一般名称になったのだから、その功績は大きい。ともあれ悪臭に耐えつつ実測する学生たちにつきあって下から見上げたとき、私自身もこのアーチ石橋群のもつ安定感と、苔むした石材の肌に刻まれた手づくりのぬくもりに、深い感動を覚えたのであった。
あの、固くて重い石が、まさしく人間が考えついた「技術」の力によって、中空に優雅な曲線を描いている。しかもそれが、単なる鑑賞のためとか宗教的なシンボルといった存在ではなくて、その上を人や車両が自由に行き来する「橋」として、江戸期以来、人々の暮らしを文字通り下から支える重要な役割を担ってきたのだから偉い。
文化財といえば、書画骨董の類や壮麗な寺院などを思い浮かべるむきが多いが、地味な、それこそ踏みつけられるだけの存在でありながら、これだけの美しさと重厚さと、そして実用性を合わせ持ったものが他にあるだろうか。「名も無き民衆の文化遺産」とでもいうべき石橋群との出会いは、私のそれまでの文化財観を根底から覆したのであった。
石橋研究の先達である諫早眼鏡橋再建の技術責任者であった山口祐造氏(故人)に出会い、同氏の最初の著書『九州の石橋をたずねて』全3巻(昭和堂1974)の編集にも協力させていただいた。この先駆的な著書は、歴史的な叙述にいくつかの誤りがあるものの、まさに同氏が九州各地に現存する石橋を一つ一つ現地で確かめ、実測した結果を元に書かれた貴重な記録であった。以来私は、同氏に導かれつつ各地の石橋行脚に出かけ、さらには「日本の石橋を守る会」の設立にも参加し、結果的にはあえなく敗退したが、鹿児島市の中心部を流れる甲突川にずらりと架かっていた江戸末期の壮麗な石橋群の保存運動にも取り組んだ。この経過は『歴史的文化遺産が生きるまち―鹿児島・甲突川の石橋保存をめぐって』(東京堂出版1995)の拙稿に詳しい。
世界の魅力的な都市の多くは、町の真ん中を川がゆったりと流れていて、そこに必ずといっていいほど壮大なアーチ石橋がある。都市の風格と石橋とは深い関係があるのだ。この4月に熊本県菊池市で開かれた「日本の石橋を守る会」の総会では、石橋ハンターの贄田岳和さんが、わが国に現存するアーチ石橋1664橋を確認したとの報告があったが、ある自治体の関係者から新しく石橋を造る計画が披瀝され、通潤橋の修復を担当した尾上一哉さんからは、小さな橋で1200万円、通潤橋なら17億円といった具体的な数字が出されて話題を呼んだ。山口祐造さんも新橋建設のための設計書をたくさん残されている。都市景観形成の時代を迎えて、石橋は「守る」から「造る」時代に入りつつあるといえようか。

by honmachilabo | 2007-07-28 07:26  

久々のブログ更新

 あっという間に、時が流れ去っていきました。この歳になってこれだけいろいろ出来事に恵まれるのも有難いことではありますが。主な出来事をあげてみますと、
◆3月:上海と杭州をめぐるツアーに参加。ついに眼鏡橋発見?!
◆3月:淀川区民センターにて、タウン誌が主催した市議候補者を集めたシンポジウムにて基調講演「まちの宝をどう活かす」
◆3月:法事。宇部市にて、あと湯田温泉と秋吉台へ。アッコとたっくん。
◆4月:諫早干潟のシンポジウム。締め切り10年、事業終結にむけての悪あがき。
◆4月:大阪人間科学大学にてゼミを持ったこと:3回生7人がエントリー。えらいこっちゃ!
◆4月:「日本の石橋を守る会」の総会(熊本県菊池市)に出席したこと。元会長・顧問とて最上席に座らせていただくという、なんとも居心地のいい!
◆5月:嵐山へ、百人一首記念公園見学。中橋さん、中西くんと
◆5月:摂津青年会議所で「わがまちせっつ・たんけん・はっけん・ほっとけん」の講演!
◆5月:摂津商工会議所異業種交流部会から「摂津検定」の監修者担ってくれといわれて、そりゃあ「てつ」ですよ、と一言いっていまい、その問題作成を頼まれてしまったこと。これは友人の「てつ」にメールを送ってとりあえず解決。
◆5月:防災関連の講演を国土交通省から頼まれたこと。相手は淀川水防連絡会と樋門等河川管理施設操作員講習会など!
◆5月:阪急電車十三の隣の神崎川駅に近い「三津屋商店街」のなかに、これまで無かったタイプの「ラボ」を設置する話しが具体化しつつあること。(本年8月に正式オープン決定!)
◆6月:彦根市を流れる「芹川」の上流部で進められつつある「ダム」問題についての講演を、地元のNPO芹川から頼まれ、現地見学をしたこと。
◆6月:大学隣接の公立小学校が整理統合の対象となったので、この「思い出づくり」と現代GPのテーマに結合させることとなったので、小生としては建物の「空間履歴」の研究と「模型づくり」と「ペーパークラフトづくり」をやることにして、元長崎総合科学大学助手で現在福岡建設専門学校の先生である松尾雄平さんにご指導をお願いしたこと。
◆6月:大阪市職員組合の学習会にて「アフターファイブにまちづくり」なる講演をしたこと。
◆6月:NPO志賀高原寄合大学にて「地域資源を生かした持続可能な地域づくりなる講演をしたこと。
◆6月:財団法人丹波の森協会の理事への就任打診が、何と河合雅雄先生からあったこと。メッセンジャーは同協会研究員をつとめる中西くん。シルバーバックのゴリラの親分からの打診!
◆6月:「公務技術者論」を国土研の中川さんと共同執筆する宣言をしたこと。
◆7月:現代GP関連でしばしば東京へ、ということは「四谷三丁目のラビータ(イタメシ)」へ。
◆7月:大阪市東成区の防災まちづくりに関連した大阪市職のイベント企画をすすめつつあること。
◆7月:せっつ女性大学にて「せっつのまちの魅力をさぐる」なる講演をしたこと。
◆7月:「川の日」ワークショップに猪名川グループ参加。「猪名川への年賀状」で入選!
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by honmachilabo | 2007-07-26 04:54