<   2006年 11月 ( 9 )   > この月の画像一覧

 

リサーチフェアの発表と丼食堂風景

a0064392_10381646.jpg
a0064392_10384639.jpg
a0064392_10385973.jpg
a0064392_10391187.jpg
a0064392_10392447.jpg
a0064392_10393914.jpg
a0064392_10395381.jpg

by honmachilabo | 2006-11-22 10:41 | 商店街再生  

三和市場「オレ流どんぶり」プロジェクト

関学、関大、流通科学大、甲南大、甲子園大の大学合同での三和商店街再生プロジェクトでは、3年連続で三和市場を担当し、今年が最終年となります。「基礎ゼミ2」の受講生たち3人が、関学のリサーチプロジェクトで発表してくれました。当初は、ここまで落ち込んでいる三和市場をどうすればいいの、と途方に暮れていたわれわれですが、学生たちの発案で成功した「オレ流どんぶり」プロジェクのおかげで、少し何か見え始めたような気がしています。もちろん、第一期ゼミ生たちが継続して参加してくれたことが大きいですが、彼らが進んで参加してくれた理由は、市場の衆に惚れ込んだ、ということでしょう。市場の人間力をどう活かすか、が基本だという考えは正しかったように思います。
おかげで、市場の衆にもだんだん受け入れられて、今年は10店が参加されました。この勢いをうまく発展させることができるといいのですが、なお、「タダで全面建替えが出来る」という、あるコンサルタントが与えた「幻想」から、店の人たちが抜け出しきっていないので、予断はゆるせません。この世の中にそんなうまい話があるわけがないのは、冷静に考えれば当たり前なのですが。
小生の提案は、角地の空き店舗を改装して、おしゃれなカフェテラスをつくることからスタートというものですが。そのアイディアはストックホルムで見た、ちょうど同じ規模の市場の店舗構成が、小売りと飲食店がほぼ同数あって、共に賑わっていたことにあります。(写真下)
荒尾市で成功している主婦たちグループによる「日替わりシェフ」の食堂がとても感じがよく、1食800円というかなり高めの値段設定が成功して、内容的に満足感を与え、毎日利用しているご近所の方や高齢者がたくさんおられるのを目の当たりにしたのもヒントになっています。(写真上)
a0064392_10343835.jpg
わが国の外食事情が、近年かなり変わってきていることと、市場の人間力とをつなぐところに展望がありそうに思うのです。下の写真は、ストックホルムの市場風景。ちょうど三和市場ぐらいの規模ですが、半分以上が飲食店になっていて、開店は9-10時、閉店は5-6。これも三和と同じ。外食でおひるを過ごす人をひきつける道の一つは、市場のもつ力を反映した毎日のメニューの変化ではないかと、丼食堂の状況を見て考えました。
a0064392_101993.jpg

by honmachilabo | 2006-11-22 10:01 | 商店街再生  

ラボメールのアドレス閉鎖

エッチメールに占領され、消すのも面倒くさいので、しばらく停止します。個人メールか電話でご連絡下さい。

by honmachilabo | 2006-11-22 09:32  

なぜか講演をたくさんやりました

この10月から11月の前半はいろいろな方面から講演のチャンスをいただきました。だいたいは「商店街は学びのキャンパス」「まちづくり道場へようこそ」「真の防災まちづくりとは、いいまちをつくること」「学生と市民の協働」といったタイトルですから、中身は皆さんご存じの小生のいつもの話題の応用編です。もちろんご当地への配慮をして、バリエーションをつけていますので、タイトルは同じでも内容は全部違う、オリジナルな話をしているつもりですが、ダブルで聞いた人には、同じ話でごまかしているというそしりは免れないと思います。他人の受け売りはしたくないし、自分のオリジナルな話しだけでやっていくには、ストックは限られているし、ほぼ確実に受ける「さわり」の部分は、どうしても重なって使ってしまう。聴衆の一部が重なる時もありますが、まあ、そこは名人の落語のようなもので、何度聞いても、同じところで笑ってください、と逆に開き直って堂々とやるしかありません。とはいえ、毎回ひねって、ご当地のことを得意のローマ字のタイトルで言葉にしたり、事前に現地を訪問したときの写真を入れたりと、いろいろ工夫をしてきました。姫路での講演で、世界的に見ると姫路のまちづくりはお城に敬意を表していない、と紹介した「プラハ城とプラハのまち」の絵は、市長さんから所望されるという光栄なことになりました。
a0064392_22172621.jpg
a0064392_22174466.jpg
a0064392_22175576.jpg
a0064392_2218695.jpg
a0064392_22181770.jpg
a0064392_22182726.jpg
a0064392_22183766.jpg

by honmachilabo | 2006-11-19 22:22 | 観光とまちづくり・片寄論文  

スローなまちづくりが忙しい時代

『建築ジャーナル』2006.11投稿文章

a0064392_20372837.jpg
スローなまちづくりが忙しい時代
片寄俊秀 大阪人間科学大学教授

スローフード運動という言葉をはじめて聞いたのは1990年で、たまたまイタリアで知り合ったポルトガル人の栄養学者からだった。聞いた瞬間に、さすがラテンの連中は痛快な発想をするなと共感し、その後の動きを注目していたが、たちまち運動は世界に拡がり、日本でも多くの人々が共鳴し多彩な運動が展開されている。
当時、長崎総合科学大学建築学科の教員として長崎市に在住していた筆者は、栄養学を専攻する家内の影響もあり、長崎の食文化に深く関心を抱いて鋭意「調査研究」!を重ねていた。海と山の豊かな素材に恵まれ、それらを異国との交流の中で培った多彩な調理法でさまざまに活かす長崎の食文化は、わが国の中でも群を抜いて素晴らしいと感じていた。
一方、コーラ、マクド、モス、ミスド、ケンタッキーなどの、食の世界におけるアメリカ帝国主義!には、以前から強い抵抗感があって、これらファーストフードやジャンクフードで麻痺させられた若ものたちの舌をいかに蘇らせるかが課題だと、ゼミで学園祭に超高級カレー店を出店したり、「魚の三枚おろし」のトレーニングもやった。
スローフード運動のきっかけは、もともと1986年にローマのスペイン広場の前にマクドナルドが店を構えようとして、これにローマっ子が反発したのがきかっけであったと聞く。運動として、みんなでうまいスパゲッティを食べ、ワインをしこたま飲んだというから、何とも楽しい。イタリア人たちは、アメリカ的なファーストフード、ファーストライフつまり「味のグローバル化+食べるプロセスの簡略化」に反発し、話題が各地で展開するなかで、たまたまある会合で誰からともなく「スローフード」という言葉が飛び出して、それが北部イタリアのピエモンテ州のBRAという町のカルロ・ペトリーニ氏という天才的な組織者の出現で、一気に世界的な運動へと展開していった。
彼らが1989年12月にパリで発表した「スローフード宣言」は、この運動が人々に「生き方革命」をすすめる前衛的な運動であることを指し示した。
いわく「工業文明という旗印のもとに生まれ育った私たちの世紀は、最初に自動車を発明し、それによって生活モデルを形づくってきた。私たちはスピードに束縛され、誰もが同じウイルスに感染している。私たちの慣習を狂わせ、家庭内にまで入り込み、『ファーストフード』を食することを強いる『ファーストライフ』というウィルスに。」
 いわく「今こそ、ホモ・サピエンスは知恵を取り戻し、人類を絶滅に向かわせるスビードがら自らを解放しなければならない。ここでファーストライフという全世界的狂気に立ち向かい、落ち着いた物質的よろこびを守る必要がある。」
 前衛的とはいえ、小難しい理屈をこねまわすのではない。「スローフードとは、普段、漠然と口に運んでいるものを、ここいらで一度じっくり見つめてみてはどうだろうか、という提案である」(島村菜津『スローフードな人生』)というのだから、筆者のかねての感覚ときわめて近い。
BRAには、いまや104カ国8万人を超える会員を擁する巨大なNGO組織に発展したスローフード協会の本部事務所と、後継者を育成するための大学(ガストロノミー・サイエンス)まで出来ている。人口わずか2万人の小さな村が、いまや世界の動きの中心的な存在になったのだから、お見事というしかない。事務所を訪ねようとメールを送ったら、今は世界大会の準備で「メチャ忙しい!」と来た。
さらに、宣言に言う「スローフードは、より良い未来を約束する」という方向性を、まちづくりに展開させたのが「スローシティ」(CittaSlow)の運動である。世界の自治体を巻き込んで、すでに100をこえる自治体が連盟に加盟しているという。その加盟条件の一つが「人口5万人以下のまち」というのだから、あの「平成の大合併」の過ちがわかる。スローに、かつ忙しく、巻き返しの運動を展開しようではないか。
a0064392_20375924.jpg
a0064392_20382495.jpg
a0064392_20385717.jpg
a0064392_20394199.jpg
a0064392_2040211.jpg

by honmachilabo | 2006-11-10 20:41  

若狭健作さんによる講義風景

現代GPの地域パンフ作成を担当したので、プロに編集のコツを教えていただきました。さすがにすご腕、学生たちの考えを聞き、対話を重ねる中で、次第にコンセプトがまとまっていくプロセスはまさしく感動ものでした。来春の新入生に配布することを主目的としつつ、地域にも配布するという巧妙な方法として、『学生手帖』という提案は、なかなかすばらしいと思いました。正雀の下町地区を対象とする、町歩きのガイドブックです。編集長は浦上さん、副編集長が西河さんと南くん。これで、方向が決まったところで、たつの市室津への恒例の「かきツアー」。その前の週の喫茶ドレミでの古野さんの20歳お誕生祝いケーキパーティーの写真も紹介しておきます。
a0064392_9172851.jpg
a0064392_9175784.jpg
a0064392_9181853.jpg
a0064392_9184592.jpg
a0064392_919222.jpg
a0064392_9192543.jpg
a0064392_919382.jpg

by honmachilabo | 2006-11-09 09:23  

毎日新聞記事

a0064392_824154.jpg

by honmachilabo | 2006-11-09 08:03  

毎日新聞11月6日『研究室訪ね歩き』に登場!

関西学院大学総合政策学部・ほんまちラボ
和気あいあいとした雰囲気だった関西学院大「ほんまちラボ」のミーティング風景。右奥が片寄教授(片寄教授提供)

「地域に飛び出す」精神
 商店街内の研究室(ラボ)で学生と住民らが「まちづくり」―。片寄俊秀教授(68)が97年6月、兵庫県三田市の本町センター街に設けた「ほんまちラボ」は、まちづくりの先進拠点として各地の活動に刺激を与えた名物研究室だ。
 ラボは通り沿い、築約200年の空き家を借り受けて開業。町内での定期的な産直市、美術展などの多彩なイベントを続々と企画・産直市、美術展などの多彩なイベントを続々と企画・発信し、「下からの中心市街地活性化」の先行例となった。年15人ほどの片寄ゼミの学生らは、三田を中心とした地域研究の調査拠点としてラボに入り浸った。
 地域づくりを仕事にしたOBもいる。美大で建築を勉強し、99年から2年間、関学大学院で学んだ綱本武雄さん(30)は「美大の建築は現代風の『とんがった』設計が主流。飽き足らずにいたら勉強会で先生に会い、街並み全体の保存を考える手法に共鳴した」。
 a0064392_749756.jpg同じ時期に学部生だった若狭健作さん(28)は、教授とドイツ・ルール地方の産業遺産を視察し、卒論は三田ではなく「木造工場など県内の産業遺産がテーマ」。2人はいま同県尼崎市のコンサルタント会社で机を並べ、各地のまちづくりの立案・設計に没頭している。
 01~02年度の高田幸治さん(28)も、阪神大震災を契機にした水道街商店街(神戸市灘区)などの「まちづくり協議会」でラボでの勉強を生かす。3人の生き方は片寄教授と「ほんまちラボ」抜きでは考えにくいという。
 今春、関学を定年で辞めた片寄教授は4月、大阪人間科学大(大阪府摂津市)の特任教授に転じ、地域交流事業として大学が進める地元商店街での「ラボ」設立に参画。同時に、NPO法人「ほんまちラボ・まちづくり道場」を主宰し、全国各地の地域振興・再生運動に招かれるなど席の温まる暇がない。一方で、三田のラボは、学部の長谷川計二教授らがゼミを開いたり、地元との交流拠点として活用するなどの形で引き継いだ。地域に飛び出す研究室という「ほんまちラボ」の精神と方向は、変わらずに尊重されている。
 ただ、片寄教授も気になることがある。「市町村合併で多くの自治体が『支所』化した。支所長は本庁から異動し、多くは地元事情に詳しくない。議員も減った。各地でまちづくりに励む方々に新たな苦労が加わりました」(高田茂弘)
メモ:三田・本町センター街 城下町であった三田旧市街地の商店街の一つ。武庫川の南側、神戸電鉄三田本町駅から北西に延びている。JR三田駅からは徒歩7分。街道沿いの街として江戸期から栄えたが、近年は地方都市の多くの商店街と同様、空き店舗が目立っている。

by honmachilabo | 2006-11-09 07:50 | 最新情報  

すばらしかった研究セミナー:ひさしぶりのブログ

大鉱脈を掘り当てた!第1回地域・まち・環境総合政策セミナー 
2006年10月21日16時―20時於KGハブスクエア
主催:関西学院大学地域・まち・環境総合政策研究センター
   (センター長:関根孝道 研究員:村上芳夫、畑 祥雄) 
共催:ほんまちラボまちづくり道場(道場主:片寄俊秀)
運営協力:関根ゼミ               連絡先:事務局担当:片寄俊秀
honmachi-lab@hera.eonet.ne.jp
プログラム
16.00 開会あいさつ  関根孝道  趣旨説明    片寄俊秀 
発表会  (発表12分、質疑8分 時間厳守)
◆第1部 「地域」関係
16.20-16.40 区民ホールへの指定管理者制度適用をめぐって    北尾 進                   
16.40-17.00 公園緑地のマネージメント             中橋文夫
17.00-17.20 メイドインアマガサキ               若狭健作
17.20-17.40 分譲マンションにおけるコミュニティの高齢化の課題 渡辺容行        
 (全体討論 20分 休憩)
◆第2部 「まち」関係の発表
18.00-18.20 神戸市水道筋商店街の現状と課題          高田幸治
18.20-18.40 尼崎三和市場からの報告              綱本武雄
18.40-19.00 わかもの起業とまちづくり             大隅 要
19.00-19.20 まちづくりとギャラリーの役割           有田泰子       
 (全体討論 20分 休憩)
◆第3部 「環境」関係、教員の近況報告など
19.40-19.50 スローフード、スローライフ&スローシティ     片寄俊秀   
19.50-20.00 ヤンバルの現状など                関根孝道

この4時間ほど充実した時を過ごしたのは久しぶりであった。質の高い発表が次々とあり、それをめぐる真剣な討論。あっという間に時間が過ぎた。内容はプログラムにみるように多方面にわたったが、それでいて根っこは「いい地域、いいまち、いい環境づくり」をいかにつくりだすかがテーマであるから、互いにそのことを十分意識して話題を展開しているあたりは、まさしく社会で現実の諸問題に向き合う中で、いよいよ総合政策学の真髄に迫っているというべきであろうか。ともかく、みんなそれぞれの現場で真剣に考え、真剣に生きていることを実感したひとときであった。勉強のあとは茶屋町かいわいの食文化の研究。幹事はこの辺りを知り尽くしている有田泰子さんであるから、これまた心から納得できたひとときであった。聴衆としては予定していたメンバーに加えて、総政1期生の木下貴史さんが岡山から駆けつけ、他には事務室のMさん、関学新聞の文学部生、取材に来られた毎日新聞の記者さんも最後まで参加してくださった。

1 区民ホールへの指定管理者制度適用をめぐって
 小泉行革の目玉とされている「指定管理者」への公共施設の運営委託がもたらしている諸問題は、たいへん深刻である。請け負ったのが警備会社であり、文化活動を支援するノーハウも蓄積も思想もない。従前の6割の経費で請け負ったわけで、表向きは「安上がり」と評価されてはいるものの、収益性の追求のなかで下請けにしわ寄せが行き、事業やイベントも「儲かるかどうか」が唯一絶対の判断基準とされる。劣悪なは皆無に等しくについての、現場の経験から得た鋭い指摘と、さらに問題解決には住民参画が基本であるとして、その方法としての「友の会」設立の「対案」にまで言及された苦心の報告であった。

2 公園緑地のマネジメント
 北尾さんの報告を受け継いだ形で展開されたのが中橋さんによる公園緑地のマネジメントのあり方についての新提案である。コンサルタントとして日々新しい仕事を創出していく同氏のアグレッシブな姿勢にはいつもながら敬服する。趣旨は、公園緑地の空間構造を分析して、それぞれの空間について、そこにふさわしい維持および運営管理のあり方をきめ細かく設定することにより、、指定管理者制度のなかでも、押さえるべき点をきちんとおさえ、きちんとするべきところ、ほとんど放置しておく箇所などメリハリをつけることで経費節減にもつなげていくという積極案である。言ってみれば本来そうあるべきなのだが、これまでの粗放的なやり方から考えると画期的な提案といえ、また業務につなげやすいタイムリーな提案である。もう一つの対案と位置づけると、先の話と見事につながる。

by honmachilabo | 2006-11-01 06:54