日本の石橋を守る会総会in通潤橋

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日本の石橋を守る会の総会が2010年4月24,25日に熊本県の通潤橋のところであり、久しぶりに出席した。第3代目の会長である本田義雄さん(熊本稲荷神社宮司)が引退され、新会長には山都町の甲斐利幸町長が就任された。じつは片寄はこの会の初代の副会長であり、その後第2代会長兼事務局長を、創始者である石橋研究家の山口祐造さんと初代会長で通潤橋のほとりにお住まいであった郷土史家の井上清一さんから命ぜられて、山口さんが亡くなられたあと約1年半ほど引き受け、残務整理をやったという経緯がある。名残は会場に飾ってある「日本の石橋を守る会」の旗。このデザインは誰あろう小生の作である。今回の収穫は、山都町の図書館長であり無農薬の茶生産者である下田美鈴さんとの出会いであった。彼女には「逆サイフォン」の技術をつかって通潤橋が対岸に送った豊かな水が、どのように田んぼを潤しているかを見なさいといわれ、さらにそこにある集落にすばらしい石造りの蔵がかなりたくさん現存しているのを見せていただいた。そして彼女の「わが図書館に石橋関係資料を日本一の規模で集めたい」とのお考えを聞き、その情熱に待ってましたと飛びついた。じつは、小生の石橋関係の資料や蔵書は相当なものなのだ。もう本格的な石橋研究はやらないだろうし、これ、あとどうしようかと悩んでいたのだった。ぜひ参加させてください、手持ちの資料は全部お送りします、と申し上げた。フランスやドイツ、ポルトガル、イギリスそして中国の歴史的な石橋についての分厚い本もある。山口さんの著書もほとんど全部ある。山口さんの最初の著書である「九州の石橋をたずねて」全3巻の表紙のデザインもじつは小生であるし、中身についても、山口さんが自由に使っていた版権のないいろいろな写真を、スケッチに描きなおして、何とか使えるようにするといった作業も、当時の同僚であった浜砂さんといっしょに徹夜でやった思い出がある。

by honmachilabo | 2010-05-01 13:17  

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